霊能者は訓練でなれるのか

先日お会いしたプロの霊能者の方のおひとりから伺ったお話。高校時代に訓練をして霊が視えるようになったということだった。そんなに多くはないが 私が今までにお会いした方々は、全員先天的に幼い時から視える霊能者だったので、実に興味深いお話だ。本人としては怖いながらも興味が勝って、訓練に励んだという。一緒にやる仲間の存在も大きかった。一人ではなかなか持続しないものだ。どちらにしても、その手の才能があるのだろう。

私自身は気功を師匠から習ったが、修行というほどのこともなく、なんとなくできるようになってしまった。私も20代後半の後天性ではあるが、研究はしたが訓練らしい訓練は積んでいないので、訓練が続けられるこの方はすごいなと思う。気功教室の時にはやはり仲間がおり、それは大きかったかもしれない。

彼はさらに弟子の訓練も指導したことがあり、訓練を積めば誰でもある程度視えるようになるということ。気功の場合はたしかに訓練によって一定のことはわかるようになるが、霊能も同じなのかと。手を暗い所にかざして、手のオーラを見る訓練を教えてもらった。これは本などであるオーラビューイングの方法で、私もやったことはあるが、昔は全く才能がないとあきらめた。今回は色はないが、 揺らぐようなオーラが見えた気がする。しかし、これの発展形で霊が見えるまでいくのにどんだけかかるんだろうと思う。

多分、この霊能先生はかなりの訓練を積んだのではないかと思う次第だ。さらに今でも日々トレーニングを欠かさないという。なんて偉いんだろう。グータラ気功師な私はその爪の垢でも煎じるべきかもしれない。

私はかなり怖がりであり、道端で亡霊に「こんにちわ」と声を掛けられるのには耐えがたいと思ってしまう。九段下の神社なんかに行った日には「日本兵が~!!」と叫びまくることになりかねない。たとえ能力的にできたとしても、覚醒に対してはメンタル的なブロックがかかっている気満々な気がする。

やはり、この方も「亡霊は時にグロい」と先日お会いした方と同じことを言う。「血みどろのままで歩く亡霊なんぞ視たくもないわ」と恐怖のあまり叫んでしまいそうだ。ホームで飛びこみ自殺をした方と出会うなんてマジ怖い。(笑)まあ、いるのが判ってしまうのだけでも、いい加減持て余している感もあり、これ以上分かってどうするのと思う。訓練をして、視えるようになれる勇気、努力、才能に敬意を送ると共に、餅は餅屋というが、視ることは視える方にお任せしようというグータラな私である。