ゴッホの「ひまわり」

3連休を前にして、暇をしているというと上司がゴッホの「ひまわり」を観てきてはどうかと勧めてくれた。早々に彼は時間予約をして見てきたという。

結局、私はゴッホを観るより、伊東正次さんの絵を見に行った。無料であることもあるし、東京西洋美術館の時間予約もかなり埋まっており、空いているのは夜の時間しかなかった。ただ、写真で見れば絵画の波動は読める。だから私はゴッホのひまわりに正直興味がわかなかった。

上司がせっかく勧めてくれたので、実はゴッホについては少しだけ調べた。ゴッホの大変だった人生も、関係のあるゴーギャンなどもついでに調べた。

波動だけでいえば、私はゴーギャンの方がまだマシであるが、ゴーギャンの絵にもいろいろあって、明るい波動だけではないものもある。ゴーギャンにもやはり闇がある。ゴッホのひまわりはそれの放つ波動が私は苦手である。彼の孤独と苦悩が顕れているのだろう。彼は対人関係でかなり生きにくい人生を歩んだようだ。

自分自身もそれなりに苦悩をした人生を歩んできたので、わざわざお金を払ってまで他人の苦悩を感じ取りに行く趣味はない。だから、絵がどれほど素晴らしいとは言っても行きたいと思わない。これはロンドンから来た絵であろうと、数十億円で落札されて西新宿に展示されている方であろうと同じである。

ちなみに、SONPO美術館の方のひまわりの方が色合いも明るいが、波動も多少は明るい。東京西洋美術館に展示したひまわりを元にSONPO美術館の絵が描かれたそうだが、その時の心情が多少違ったのだろう。どちらにしても、孤独や苦悩が色濃い美術品は私の趣味ではない。

ただ、ゴッホの心象風景を絵に焼き付けられるその表現力がまさに芸術というのは確かであると思う。絵が素晴らしいだろうことは私は否定しないし、それが数十億円と言われる所以であろう。

個人的には人に元気と光のエネルギーを与えるような作品の方が好きなのだ。

ロンドンからわざわざやってきて展示されることのハードルの高さは漫画「ギャラリーフェイク」を読んだ程度の知識はある。大変なコストもかかるし、多くの人の苦労がある。

日本で見られるのは、一生に一度あるかどうかだよと上司は言っていた。まあ、きっとそうだろう。ご縁があれば嫌が上でも出会うことになる。今回はご縁がなかった。