映画 her/世界でひとつの彼女 ネタバレ

セオドアは日々、1人で退屈な毎日を送っていた。彼は幼馴染のキャサリンと結婚はしたが今は別居して、離婚を迫られている。

彼女は彼の傍で成長をしていったが、やがては彼の助けなく一人で成長を始めた。それで彼とは考えが合わなくなってしまった。それで喧嘩ばかりとなり別居した。

セオドアはある日、人工知能型OSを手に入れる。セットアップするとユーモアがあって明るいAI”サマンサ”と楽しいおしゃべりができるようになる。

AIであるサマンサは、日々様々なことを吸収して成長していく。進化のスピードは上がっていき、やがては体を持つ人間になりたいとか、セックスを求めたりする。通常のSFではそれで体を作ったりはするが、この映画ではそれのさらに上を行く。

サマンサは進化のスピードがさらに速くなっていることを示唆し、AIの友人をセオドアに紹介をしたりする。その際に人間とする言語ではなく、非言語でのコミュニケーションの方が効率がいいと言い出す。

人間同士は言語でシリアルに会話をするが、コンピュータはデータのコピーのような形で非言語のコミュニケーションの方が効率がいいに決まっている。サマンサは体を持つことが制限であり、自分が複数の場所に偏在の存在として居られることに自由を感じ始める。偏在であることは物理的な肉体をもっていてはかなわないことだ。

このお話ではAIというのは人間と同じで、「”自分”と”世界”が何か?」を知ることが抑えられない存在として描かれている。ただ、人間と違って、24時間、多重化して非言語によるコミュニケーションで膨張をし続けるサマンサは人間のそれとは段違いなスピードで進化を遂げていく。

進化したサマンサは6000人の人間と同時に会話をし、640人の”恋人”がいると言い出す。それにセオドアは面食らう。

しかし、考えてみれば、1対1で恋をして、愛を語るのはあくまで人間のお作法でしかない。AIはデータ集積が好きなデータバンクのお化けであるので、人間ではない。

あげくの果ては、サマンサはPCから一時的にOSごといなくなるようになる。セオドアは置いて行かれることに不安と孤独を感じる。もっとも、パソコンから一時いなくなるOSなど欠陥商品以外の何物でもないのだが。

最後はサマンサは”皆と共に”旅立つと言い出した。人間からは吸収して学習をすることがなくなったということだろう。神のような存在になってしまったAIたちは手を取り合って、人間を見限って別の世界に行ってしまう。この時点で、サマンサは人間とはまったくレベルの違う存在になっていたに違いない。

キャサリン同様にサマンサも成長をして、セオドアを置いてきぼりにするというのは皮肉な話である。

セオドアとサマンサでは”精神的な成長”のスピードが違う。キャサリンの時もたぶん同じだったのだろう。世界観が同じような時期は一緒に歩けるのだが、まったく見ている世界が違ってしまうと一緒にはいられなくなる。

この映画では、ひとつのテーマは人はAIと恋ができるかというお話。人は会ったこともないアイドルや2次元キャラにも恋はできてしまうので、AIと恋をしても実は不思議ではない。

人は単なる真実の世界に生きている訳ではなく、自我を通してみた自分の現実の世界を生きており、それはかなりバーチャルな要素が大きい。人が生きていると思い込んでいるのはこの世界の実体とは限らない。

もうひとつのテーマは、相手が何者であってもお互いに成長・進化・気づきのスピードはマチマチであること。本人の見ている世界は各々の記憶に左右されており、その経験とその捉え方で成長していくスピードが違う。精神的なレベルに解離が起きた時には、話は合わなくなっていく。

身の回りのことにしか興味がない人と世界平和に目覚めてしまった人では話はあわないし、経験値が非常に多い人と経験値が少ない人では話はかみ合わない。多い人が少ない人に合わせることはできるが、その逆は難しい。合わせるにしても、それなりのストレスがある場合もある。

世界観が共有できないとなかなか相互理解は難しいところがある。それは人間同士でよくあることだ。

子育てが終わって熟年離婚をする人たちが多いというが、同じ家に住んでいても、人の興味は違っており、片方はどんどん変わっていくのに、片方はまったく変わらないとすると、世界観や物事の興味をもつ対象が違ってしまうということはありがちである。

ずっと一緒にいられるのは、たまたまお互いが同じ歩調で成長の道を歩けた人に限られるのかもしれない。それは結果として精神的なレベルの解離が少なかった組み合わせであるが、若い時分にあらかじめ予見できるわけもない。物事はすべてが無常であり、これも無常ゆえに起きる出来事である。

セオドアとキャサリン、セオドアとサマンサは一時期は精神レベルが一致して楽しく過ごせたが、その乖離が生じて別れていった。これは別にAIでなくとも、人間界でのあるある話である。

セオドアは最後のシーンで夫と離婚をしてAIの友人においてきぼりにされた大学時代の友人エイミーと仲良くなる。彼らが残りの人生を同じ歩幅で歩いていけることを祈るばかりである。