宇宙はひとそれぞれにある 2

私がこのブログで一番最初に書いた投稿が「宇宙はひとそれぞれにある」であった。当時はブログのタイトルもこれであった。

人の意識がそれぞれの住む宇宙を作り出しており、人それぞれが全く別の宇宙に生きているのだという実感を書いた。

今もその考えは変わってはいない。特にノンデュアリティ的な一瞥体験を経験してその感覚は強化された。

clubhouseを始めて9ヶ月程度か経つが、その経験もまたその信念を強化することになった。clubhouseは声によるバーチャルな人と人との結びつきを与えてくれるが、リアルではとても出会わないような大勢で多様な人たちとの会話は人はなんと多様性に富んでいるのだろうと思い知らされた。

clubhouseでは9ヶ月前のことを昔と言う人がいる。3ヶ月経った頃ですら、1年ぐらい経過したような気がしていた。

それだけ、多くの人たちから刺激を受けるのだ。その刺激が多すぎて処理しきれず、疲れてしまうすら少なくはない。

人と向き合うのはそんなに楽ではなく、体力と気力が必要である。普段、リアルでは対人でパーソナルスペースを保つのだが、clubhouseではその辺がわからなくなる人も多いのではないかと思う。

そんな中で、リアルでは話さないような多くの人たちと関わって、人はそれぞれ内面が全く違うのを感じた。

今は多様性が許される、受け入れられる時代になってきた。10年前には想像もつかないほどに。人はそのままで良い、人と違って良い、むしろ違っていることが個性である。そんな言葉もまんざら嘘でもないのかと思えるようだ。

もちろん、自分の世界こそが唯一正しい世界であると信じる人たちもまだまだ多い。そんな人は自分と違う世界を許さず、叩こうとする。こんな人は年齢には関係なく、むしろ年配な人にも多い。若者の魂の方がバージョンが1桁ぐらい進んでいるではないかとすら思う。

その進み具合もまた人それぞれである。優しい、先に進む人が増えると生きづらさは減っていくであろう。そんな人が増えて欲しいと切に望む。