差別について

今の社会は差別はしちゃいけないと教わる。昔も一応は教わったが単なる綺麗事だった。

教員がソープランドで働いていたので懲戒免職になったというニュースがあった。常識に照らし合わせると当たり前であるが、本当に当たり前なのだろうか?

昔からの常識では先生様と言うのは清廉潔白にして聖人君子でなくてはならない。昨今、そんなことを先生に求められるのか。とはいえ、ソープランドに働く人から子供が影響を受けるのは親としては不安かあるのはわかる。

働いた理由は、実家から一人暮らしをする資金を貯めるためである。理由は真っ当なことであった。教員として普通に働いても一人暮らしすらできないのだ。聖人君子を求めるなら、それなりのギャラが必要である。

教員に限らないが日本の労働者は給料が上がらず、非正規雇用の場合は下がっており、普通に働いても余裕などない。この責任は教員に関しては制度を作っている文科省にある。さらに言えば日本の政治、社会が庶民にお金を回さないことにある。

昔はソープランドやキャバクラなど水商売は売られてくる苦界だった。ところが、今はキャバクラやホストクラブは人気の職種とすら言われている。

片方で職業に貴賎はないと教えられるものの、職業に貴賤は明らかにある。その結果がこの懲戒免職である。

差別はしてはいけないと声高に言われる。LGBTや障害者、発達障害についてはNHKあたりが洗脳するかごとくに、してはいけない、理解しようと繰り返す。その他にも容姿や性差、部落問題、人種、宗教、職業などなど、いけないはずの差別は山ほどあると言われる。

しかし、我々は当たり前のように教員は貴いが、ソープランド嬢は賤しいから、このようなニュースに違和感なく受け入れる。明らかな差別である。

何が良くて、何が悪いのかは私にはわからない。どうやら、社会が綺麗事が通用しないほど、日本は貧しくなってしまっているような気がする。