孤独の耐性

コロナ禍による自粛生活の中でオンライン飲み会や電話で話していて感じるのは孤独への耐性が個人によってかなりばらつきがあるのではないかと思う。

一人暮らしで自宅に篭っていても、好きなドラマやアニメ、ゲームなどやっていれば全く平気だと言う人がいる。

私などは孤独への耐性がずっと低いようで長い間一人でいると気分が落ち込んでくる。正気を保つのが大変と言う感想である。

そういった感覚を共有できる人もいるが、そんな人ばかりではない。人それぞれなのだから、当然ではある。

極論、街で行き交う人やコンビニの店員と会うだけでもマシと言う感じだ。会うというよりも見るという所。

自宅であれば家族の誰かがいて、その気配だけでも落ち着く所があると思う。無人島や独房で長い間閉じ込められると人は狂いそうになるというが気持ちはわかる。

生まれつきの性質なのか、経験によるものなのかはわからないが、個人差がかなりあるようだ。

普段、人に会うのが嫌いだという人でも、人に会うから一人になるのが落ち着く訳で、延々と一人でいると人に会うのが嫌いだと言ってられないという人もいる。多すぎるのも嫌だが全くないのはNGなのだ。

孤独への耐性の違いは良い悪いではないが、孤独に強い人は人生を生きやすいのではないかと思う。孤独は人にとって最大級の苦悩であろうから。

なんかの本にサイコパスは恐れや罪悪感はなく、感情も薄いが孤独は不快だと言う。

苦悩とまではいかなくとも、サイコパス ですら孤独は不快なのだから、普通の人間にはどれだけ苦悩であろうか。

コロナウィルスは物理的にも人を分断し、精神的には疑心暗鬼にさせ、恐れを煽る。ずいぶんと厄介なものである。

感染症の恐怖は決して目新しいものではないが、ネットやSNSの普及は無闇に広範囲の情報と多くの人が発信する感情を目の当たりにするという人類史上で初の体験を我々にさせる。

この便利な機能を我々は使いこなしていかなければならない。

自分の中の孤独や恐怖心、猜疑心を押さえながら、自らを律することは簡単ではないと感じる。