人は今のままではいけない。何者かにならなきゃと思う。まだ、何者にもなっていない自分はダメだと思う。
私もずっとその思いに苛まれてきた。
お金持ちにならなきゃ、立派にならなきゃ、できる奴に、勝ち組に。今の自分でない何者かになりたいと思う。むしろ穴があったら入りたい。
特に若い頃はそう考えがちだが、歳をとってもそういう思いはある。成功して、俺は偉い、頑張った、すごいだろと言える人は一握りである。人から見て、一定の成功をしている人すら、自分はまだまだと言ってたりする。それが謙虚なだけならいいが、根底に自己否定が見え隠れする。
これらはすべて自己否定、現状否定につながって、生きづらいことこの上ない。
人には向き不向きはあるし、人には時機というものがある。放っておいても事が進むこともあるし、頑張ってもビクともしないこともある。うまくいく時は、ふと気が付くとうまくいっている。
変わらなければならないなんて、実は思う必要などない。放っておいても、時機がきたらやがて花が咲いて、実がなる。その花や実が自分が望んでいたものではないかもしれない。だが、リンゴの木がオレンジを羨ましがっても仕方がない。リンゴにはリンゴの良さがある。
人は自分で世界を変えられえるという幻想を抱いている。しかし、出来事はただ起きているだけで、自分が行動した結果で何かを起こしていると勘違いしているに過ぎない。それは映画の主人公になりきっているのに似ている。
ハムレットの主人公が魔法と騎士の物語を望んでも、目の前にあるのはメロドラマである。ハムレットが目の前のことをやっていけば、必ず映画は立派な結末を迎える。
人は無理に変わる必要などない、むしろ時期が来れば変わってしまう。どんなに望まなくても。
今の自分はこのままで大丈夫だと思うことが自信であり、自信は人を生きやすくする。
「こんな自分で言い訳ないだろ、何も持たないのだぞ」というかもしれない。人生の最期には何も持っていくことができないのに、何を持っているというのか?
この一時の幻想を味わうことが人生なのかもしれない。