アバンギャルディと国民性

アバンギャルディはバブリーダンスで有名なアカネキカクの立ち上げたプロダンサーチームである。立ち上げてすぐに国内で話題となり、アメリカの人気オーディション番組AGTの決勝まで行った。

アバンギャディの初回パフォーマンスの前のコメントで、日本魂を詰め込んだ的なコメントをしていたのが気になった。いくつかのパフォーマンスを見てその意味がわかった気がする、

アバンギャディは比較的平均的な身長の同じような体型の娘たちを集めて、おかっぱ頭に揃えて、全員制服姿であり、全く個性を殺したチーム作りをしている。

通常、アイドルならセンターがいるのだが、あまりそれが強調されない。無個性な人が黙々と良い仕事をして、素晴らしい全体を組み上げる。

大陸の人たちはそもそもメンタリティとして、こんなのには耐えられない。これは日本人的であるといえよう。彼らの場合、必ず人を出し抜こうとするし、必ず競い合ってしまう。いかに自分が目立つかしかない。

アバンギャディのパフォーマンスはワンフォーオール、オールフォーワンで出来ている。この言葉はよくラグビーで使われるが、集団プレー中心の野球やラグビーが日本人が好きなのはワンフォーオール、オールフォーワンが得意なことはあると思う。

学生のマーチングコンテストやダンスでも海外では絶賛されることがあるが、日本人の一糸乱れぬ統率がとれた集団行動というのは、外人からすると信じがたいものがある。

日本の社会自体が一糸乱れぬものとなっており、新幹線が1分遅れただけでアナウンスが入るのもまたそうである。予定通りで当たり前だ。こんな社会は他にはない。

この集団行動を必要とするものは何だろうかと考えた時、軍人という安直な答えがでた。平和ボケして久しい日本人でである。しかし、YouTubeの情報なので真偽はわからないが、自衛隊は「ヨーロッパで戦車隊が集まって合同訓練したら無敵だった」「アメリカのパイロットの最新機体と一周遅れのF15で互角だった」「イージス艦の性能を最大限に発揮できるのは作ったアメリカと日本だけ」と戦技に長けていると言う。真面目な日本人が真剣に研鑽すればそうなるのはわかる。

また、古い話だが、戦国時代にあぶれた侍が傭兵として、スペインやオランダの傭兵として非常に強かったと言う話がある。今でこそ、平和を旨とし、みごとな平和ボケしているが、もし軍事国家にでもなろうものなら、国民自体が統率のとれた軍事集団になる可能性のあるのが日本ではないか。まさに、眠れる獅子かもしれない。

そういう意味では、明治から昭和初期に富国強兵をしたのはその才能を発揮してしまったのであり、アメリカはそれに気づき、日本人を教育で平和ボケにしたのだろう。

片方で日本人は共感性が高い人が多いと言われる。エンパスという異常に共感性が高い人が日本人は20%いると言われる。(エンパシー🟰共感性)これは外人からみると著しく高い数字だ。共感性を求められる社会の日本で普通に人に共感できる人の比率は多数派に及ぶだろう。

このような日本人が戦争が好きなわけもない。

日本人の統率のとれた集団行動ができる国民性を戦争以外に役立てる方法はダンス、野球、ラグビー以外に役立てる方法はないだろうか。

ただ、眠れる獅子には寝ぼけてもらっていた方が幸せだと思う。