映画 劇場

漫才師だった又吉直樹氏の小説の映画。1作目の映画火花は見ていないので、初めて又吉さんの映画を見た。途中で飽きてしまったがラストシーンの展開で私の評価は全く変わって、これは素晴らしい作品だと思った。

高校で演劇をして、劇団を立ち上げる永田は沙希と出会う。夢を追いかけてヒモに成り果てるクズと優しすぎて都合のいい女になる共依存の気のある娘の恋愛を描いており、夢を追いかける若者あるあるである。

恋愛ドラマ自体はとてもありきたりに見えてしまう。「劇場」のレビューを読むと絶賛する人と酷評をする人に分かれている。酷評をしている人は、恋愛ドラマとしては面白味のなさ、ありきたりさ、主人公のクズ度合が目につくようだ。

主人公は強い劣等感をもち、自己表現をしても、周囲の酷評されて、自己破壊欲求で壊れそうになっている。そこで出会った沙希に一旦は救われるが、やがて自己破壊欲求は彼女も巻き込んでいく。

歳を重ねた人は未熟さゆえの劣等感と自己破壊欲求に苦しんだ経験のある人はそんなに少なくはないだろう。私にも覚えがある。きっと、若い人の中には今まだ自覚なくその中にいる人もいるかもしれない。

この作品は、10代~20代で観るのと、30代~40代、50代~60代で観るのではもしかすると別の見え方をするかもしれない。一つの作品が自分の成長の度合いによって、感じるものが変わる作品は優れている。この作品はとても奥行の深さを持つと思う。

この作品はSF要素はなく、現実的なシーンだけで、彼らの恋愛はどこまでが現実で、どこまでが心の中(劇場)で起きていたのかがわからないような作りになっている。幻想的な気持ちにさせてくれるのと、見終わった後の余韻がすばらしい。人生とは実は幻想ではないかなどと思わされる。

若い頃の未熟さ、目の前にあった大切なものに気づけなかったことへの懺悔、夢を信じて上げられなかったことへの後悔をお互いが持つというラストシーンになっている。しかし、時は戻らない。そんな体験に心当たりがあったり、心に棘がささっている年配者は少なくないだろう。そんなところに、塩を塗り付けられる気がする。

たぶん、若い人にはそこが感じとれないかもしれないが、きっとこれからの未来にそれを体験することになる。

後悔するのような経験でも、ないよりはあった方がいい。経験が自分を成長させてくれるのは確かだ。自分の愚かさが誰かを傷つけることはあるかもしれない。でも、お互い様な所もあるし、やがてはお互いがお互いのことをわかる日が来る。

気づきを得る時は人によって違うかもしれない。「劇場」の主人公たちはそれを比較的若くに気づくことができた。しかし、40代、50代に気づける人もいるし、場合によっては70代、80代になっても気づけない人もいる。死ぬまで気づかない人もいるだろう。

それも人それぞれであり、予定通り、シナリオ通りに人生を歩んでいる。それでいいのだと思う。

人生とは自分を主人公とした「劇場」である。人それぞれは、自分の価値観、自分の自我を通して、世界を見ているので、それぞれの人から見た「世界」は一人ひとり全く別世界だ。その人にとっての人生は実は心の中の劇場にあるのかもしれない。そんなことを思わせてくれた。